神戸地方裁判所 平成5年(行ウ)20号 判決 1994年1月26日
原告
鈴木一誠
被告
篠山町議会
右代表者議長
瀬戸亀男
被告
篠山町
右代表者町長
新家茂夫
右被告ら訴訟代理人弁護士
酒井隆明
被告
兵庫県知事
貝原俊民
右訴訟代理人弁護士
奥村孝
右訴訟復代理人弁護士
石丸鐵太郎
同
堀岩夫
主文
一 原告の被告篠山町議会及び被告篠山町に対する訴えをいずれも却下する。
二 原告の被告兵庫県知事に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告篠山町議会が原告に対して平成五年三月一〇日にした出席停止一〇日間の懲罰処分及び同月一一日にした出席停止七日間の懲罰処分をいずれも取り消す。
2 被告兵庫県知事が原告に対して平成五年五月七日にした審決申請却下の審決を取り消す。
3 被告篠山町は、原告に対し、金三〇万八〇〇〇円を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 第3項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告篠山町議会、被告篠山町
(一) (本案前の答弁)
原告の被告町議会及び被告篠山町に対する訴えをいずれも却下する。
(本案の答弁)
原告の被告篠山町議会及び被告篠山町に対する請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 被告兵庫県知事
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、被告篠山町議会(以下「被告町議会」という。)の議員である。
2 平成四年一二月二四日、被告町議会の本会議において意見書案第八号「国民の信頼を回復するため、真に実効ある政治改革の断行を求める意見書」が提出され、その趣旨説明を被告町議会の議員家永一が行い、原告がこれに対して質問をした。
3 被告町議会の議長は、原告の右質問中の発言に関し、地方自治法一二九条を根拠として「鈴木議員のただ今の発言の取消しを求めます」と命じた。
4 前記家永一議員は、被告町議会に対し、原告が議長の右命令に従わなかったことを理由として、原告の懲罰を求める動議を提出し、右動議に基づき、平成五年二月一七日、被告町議会の臨時議会において、原告に対する「公開の議場における陳謝」の懲罰が議決された。
5 原告は、右議決にいう陳謝文を朗読しなかったところ、家永一議員らから、これは議会の議決を無視した行為であるとして、被告町議会において原告に対する懲罰の動議が提出され、平成五年三月一〇日、被告町議会の定例会において「一〇日間の出席停止」の懲罰が議決された。
6 さらに、平成五年三月一一日の被告町議会において、家永一議員らから、懲罰の宣告のために議長が原告に議場への入場を求めたのに、これに従わず、議事運営に支障をきたし、議会の品位と秩序を乱したことを理由として、原告に対する懲罰の動議が提出され、同日、被告町議会の定例会において「七日間の出席停止」の懲罰が議決された。
7 第5項及び第6項の処分(以下「本件懲罰処分」という。)はいずれも正当な懲罰事由がないにもかかわらず行われた違法な処分である。
8 原告は、本件懲罰処分の取消しを求めて、被告兵庫県知事(以下「被告知事」という。)に対し、審決の申請をしたが、平成五年五月一七日、被告知事は、審決の申請却下の審決(以下「本件審決」という。)をした。
9 本件懲罰処分により、原告は、被告町議会の総務文教常任委員会に出席することができなくなり、出席できたならば得られたであろう利益を得られなかったが、その額は八〇〇〇円を下回らない。
また、原告が議員活動を本件懲罰処分により妨害された損害や慰謝料は三〇万円を下回らない。
10 よって、原告は、被告町議会に対して本件懲罰処分の取消し及び被告知事に対して本件審決の取消しを求めると共に、被告篠山町に対して損害賠償金三〇万八〇〇〇円を支払うことを求める。
二 請求原因に対する認否
1 被告篠山町議会、被告篠山町
(一) 請求原因第1項ないし第6項及び第8項の事実は認める。
(二) 同第7項は争う。
(三) 同第9項の事実は否認する。
2 被告兵庫県知事
(一) 請求原因第1項ないし第6項及び第8項の事実は認める。
(二) 同第7項は争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因第1項ないし第6項及び第8項の各事実は、当事者間に争いがない。
二本件懲罰処分の取消しを求める訴えについて
原告は、本件懲罰処分の取消しを求めているので、地方議会の出席停止の懲罰処分が司法裁判権の対象となるかについて検討する。
裁判所法三条は、裁判所は日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判すると規定しているが、司法権が、当事者間に具体的権利義務に関する紛争が存する場合に、法を適用実現して紛争を解決する国家作用であることからすれば、同条にいう「一切の法律上の争訟」とは、あらゆる法律上の争訟を意味するものではなく、裁判所が法を適用実現して紛争を解決するのに適当な争訟をいうと解するのが妥当である。
そして、自律的な法規範をもつ社会ないし団体にあっては、当該規範の実現は、内部規律の問題として自治的措置に任せる方が適切であり、裁判所が法を適用実現して紛争を解決するのが適当でない場合が存在する。
地方議会の懲罰処分についても、除名処分のような議員の身分の喪失に関する重大事項で、単なる内部規律の問題に止まらない事項については、裁判所が法を適用実現して紛争を解決するのが適当であるが、出席停止のように議員の権利行使の一時的制限にすぎない場合には、地方議会の内部規律の問題として自治的措置に任せる方が適切であり、裁判所による司法的解決にはなじまないといえるから、本件懲罰処分は司法裁判権の対象とならないと解すべきである。
したがって、本件懲罰処分の取消しを求める訴えは不適法である。
三被告知事の審決の取消請求について
被告町議会は普通地方公共団体の機関であり、原告は同町議会の議員であって、被告町議会から本件懲罰処分を受けた者であるところ、原告は、右処分の違法性を主張して右処分の取消しを求めて被告知事に対し審決の申立てをしたものである。
しかしながら、地方自治法二五五条の三に規定されている審決は、「普通地方公共団体の機関がした処分により違法に権利を侵害されたとする者」でなければ申請することができないから、右審決の審査対象は処分の違法性のみであると解されるが、右審決に不服があれば審決取消の訴訟を裁判所に対して提起しうるので、右審決は訴訟の前審的性格を有し、その対象については訴訟と同様に解すべきものであることからすると、「普通地方公共団体の機関がした処分」が司法裁判権の対象となり得ない場合は、右処分は同条規定の審決の審査権の対象ともなり得ないと解するのが相当である。
これを原告が取消しを請求している本件審決についてみるに、その審査対象は、被告町議会の原告に対する本件懲罰処分の違法性であって、これは、前述のとおり司法裁判権の対象とはなり得ないから、地方自治法二五五条の三に規定する審決の審査権の対象ともならないと解される。
したがって、被告知事が、原告の審決の申立てすなわち被告町議会の原告に対する本件懲罰処分を取り消すことを求める旨の審決の申立てを却下する審決(本件審決)をしたことは、地方自治法及び同法が準用する行政不服審査法の規定により適法かつ適正な手続を経て行ったものということができるから、本件審決には、原告主張の違法性はない。
四被告篠山町に対する損害賠償請求について
不法行為に基づく損害賠償請求は、一般的に司法裁判権の対象であることはいうまでもない。
しかし、不法行為か否かが問題となっている行為の違法性判断が司法裁判権の対象外である場合には、右損害賠償請求について判断することは、司法裁判権の対象外の事項についての判断を前提とせざるを得ず、不適法であると解するのが相当である。
これを本件損害賠償請求訴訟についてみるに、不法行為の成否についての判断をしようとすれば、右判断の前提となる、被告町議会の処分の違法性を判断せざるを得ないところ、本件懲罰処分は地方議会の議員に対する除名処分以外の懲罰であるから、その違法性判断は司法裁判権の対象外であり、したがって、本件損害賠償請求訴訟について判断しようとすると司法裁判権の対象外の事項についての判断を前提とせざるを得ないから、本件損害賠償請求訴訟について判断することができず、結局、右訴訟は、不適法として却下を免れない。
五以上によれば、原告の本件各訴えは、被告町議会の本件懲罰処分を取り消す訴え及び被告篠山町に対する損害賠償の訴えについて不適法であるからこれを却下し、その余の訴えによる請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判断する。
(裁判長裁判官辻忠雄 裁判官吉野孝義 裁判官伊東浩子)